建設業界でBIM/CIMの活用が広がる中、その一歩先を見据えた新たな概念として『VDC(Virtual Design and Construction)』が注目されています。VDCは、単なる3Dモデルの活用に留まらず、プロジェクト全体の最適化を実現する強力なマネジメント手法です。本記事では、BIM/CIMとの違いを明確にしながら、VDCの目的とメリットを解説します。

VDCとは?BIM/CIMとの根本的な違い

VDCは、仮想設計施工と訳され、BIM/CIMで作成した3Dモデルを中核に、人、プロセス、テクノロジーを統合し、プロジェクトのライフサイクル全体(企画・設計・施工・維持管理)を最適化することを目的としたマネジメント手法です。

BIM/CIMが主に3Dモデルを作成し、属性情報を付加する「モノ(成果物)」に焦点を当てているのに対し、VDCはBIM/CIMモデルを活用して、関係者間のコラボレーションを促進し、さまざまなシミュレーションを通じて意思決定の質を高める「コト(プロセス)」に重点を置いている点が最大の違いです。

それによって、BIMとVDCをリード・実行する人間に必要なスキルセットも異なります。

BIMVDC
対象モデル・データ管理
成果物に焦点を当てる
施工前の検証作業
作業・プロセスに重点を置く
主導BIMマネージャー
BIMコーディネーター
BIMオペレーター/モデラー
デジタル施工部隊
実行者に必要な知識データ管理
モデル管理
(BIMのデータ管理について紹介する海外の本は多数あるが、Ernesto Pellegrino (著)のManaging and Visualizing Your BIM Data: Understand the fundamentals of computer science for data visualization using Autodesk Dynamo, Revit, and Microsoft Power BI (English Edition)など)
工事/施工

つまり、VDCはBIM/CIMを内包し、その価値を最大限に引き出すための、より広範で戦略的な取り組みと言えます。


VDCが目指すもの:プロジェクト全体の最適化

VDCの最大の目的は、プロジェクト全体のパフォーマンスを最大化することです。具体的には、以下の3つの要素を統合的にマネジメントします。

  • 製品(Product): BIM/CIMモデルを活用し、建物の性能や品質を仮想空間で作り込みます。
  • 組織(Organization): プロジェクトに関わるすべての関係者(発注者、設計者、施工者、専門工事業者など)の連携を強化し、円滑な合意形成を促します。
  • プロセス(Process): 設計から施工、維持管理に至るまでの各工程を可視化・分析し、無駄のない効率的なワークフローを構築します。

これらの要素を仮想空間で統合し、事前にシミュレーションを繰り返すことで、手戻りやリスクを最小限に抑え、プロジェクトの成功確度を飛躍的に高めるのです。

VDC導入がもたらす具体的なメリット

VDCを導入することで、建設プロジェクトは多くの恩恵を受けることができます。

メリット具体的な内容
生産性向上3Dモデルを中心とした情報共有により、関係者間の認識齟齬がなくなり、意思決定が迅速化します。手戻りや修正作業が大幅に削減され、プロジェクト全体の生産性が向上します。
コスト・工期の削減設計段階で施工上の問題を事前に洗い出し、解決できるため、現場での予期せぬトラブルや仕様変更を未然に防ぎます。これにより、追加コストの発生を抑制し、工期遵守を確実にします。
品質と安全性の向上複雑な納まりや施工手順を3Dモデルで可視化することで、施工品質のばらつきを防ぎます。また、危険箇所の事前把握や安全対策のシミュレーションにより、現場の安全性を高めることができます。
関係者間の円滑な合意形成発注者や専門知識のない関係者も、3DモデルやVR(仮想現実)を通じて完成イメージを直感的に理解できるため、円滑なコミュニケーションと迅速な合意形成が可能になります。
ライフサイクルコストの削減設計・施工段階の情報を維持管理段階で活用することで、効率的な修繕計画の立案やエネルギーシミュレーションによる運用コストの最適化が可能となり、建物全体のライフサイクルコストを削減します。

VDCの成功は、以下の3つの柱の統合にかかっています。

  1. 人(組織): VDCは、統合プロジェクトチームの形成と協調的なプロジェクトデリバリーを重視します。施主、設計者、施工者、さらには専門工事業者といった全てのステークホルダーが、プロジェクトの初期段階から関与することで、開始時点から共有されたビジョンを構築します。これにより、コミュニケーションが改善され、誤解が減少し、チーム全体の協力関係が強化されます。
  2. プロセス(ワークフロー): VDCは、リーンコンストラクションの原則やICE(Integrated Concurrent Engineering)セッションといった手法をプロセスに組み込みます。ICEセッションでは、関係者が一堂に会し、リアルタイムで問題を解決します。これにより、建設段階で発覚すれば多大な手戻りを生む干渉(クラッシュ)や設計上の問題を、設計段階で特定し解決することが可能になります。これは、生産活動を不確実性から守るための重要なプロセスです。
  3. 情報(テクノロジー): VDCフレームワークの中核をなすテクノロジーがBIMです。BIMは、建物の物理的・機能的特性をデジタルで表現したものであり、関係者全員が設計、分析、シミュレーションを行うための共有プラットフォームとして機能します。さらに、VR(仮想現実)による没入型のレビュー、レーザースキャンによる高精度な現況把握、そしてクラウドプラットフォームを介したリアルタイムの情報共有など、BIMを補完する多様なデジタルツールが活用されます。

これらの要素から明らかになるのは、VDCの本質が単なる技術の導入ではなく、プロジェクトマネジメントの哲学そのものを変革する点にあります。業界の非効率性の根本原因が、技術の欠如ではなく、断片化されたプロセスやコミュニケーションの不備にある以上、その解決策もまた、組織とプロセスを統合する戦略的なアプローチでなければなりません。テクノロジーはあくまでその戦略を実現するための強力な「イネーブラー(実現手段)」であり、成功の鍵は、統合と協調という思想を組織全体で実践することにあるのです。この点を理解することが、VDC導入を成功に導く第一歩となります。

実際に、海外の建設プロジェクトにおいてVDCを導入した事例では、電気・設備工事における干渉チェックで数百カ所あった不具合をゼロにした、MR(複合現実)ツールを活用して現場の状況共有を効率化し、生産性を向上させたといった具体的な成果が報告されています。

VDCに関連する英語の本はいろいろあるが、日本語化されていないので、読みづらいでしょうね。

 ・Lennart Andersson (著) Implementing Virtual Design and Construction using BIM: Current and future practices

VDC導入による生産性向上の実証:海外先進事例の詳細分析レポート

BIM/CIMが3次元モデルによる「見える化」を実現したとすれば、VDCはそのモデルを核として、プロジェクト全体の「最適化」を実現するマネジメント手法です。人口減少や働き方改革といった社会課題に直面する日本の建設業界にとって、VDCの導入は、生産性を向上させ、プロジェクトを成功に導くための不可欠な次の一手と言えるでしょう。

事例研究1:Rite-Hite本社ビル(米国)- 商業建設における統合的コラボレーションの実現

この事例は、複雑な商業ビルプロジェクトにおいて、包括的なVDCエコシステムがどのようにしてクライアントと施工者の関係性を変革し、建設着工前の問題解決と飛躍的な効率向上を実現したかを示す好例です。

関係者 (Who)

本プロジェクトのクライアントは、新本社のオーナーであるRite-Hite社です。元請(General Contractor)は、専門のVDC部門を持つ業界のリーダー企業、C.D. Smith Construction社が務めました。

課題 (Why)

C.D. Smith社が直面した最大の課題は、「Rite-Hite社オーナーシップの目標と期待を、実際に作業を行うチームのそれと完全に一致させる」ことでした。このプロジェクトは、総延長20マイル(約32km)以上に及ぶ配管や、多数の複雑な建築設備システムを含む、極めて難易度の高いものでした。そのため、コストのかかる手戻りや情報提供依頼(RFI)を削減するために、潜在的な施工上の問題、仕様の齟齬、さらには美観に関する懸念事項などを、建設作業が始まる「前」に全て解決することが至上命題でした。

VDCソリューション (How)

この課題に対し、C.D. Smith社は、施設の完全なデジタルツイン(物理的な建物のデジタル上の双子)を核とした、高度で統合的なVDCプロセスを展開しました。

  • テクノロジースタック: 複数の先進的なツールが連携して使用されました。設計チームと施工者がリアルタイムでモデルを共同編集するためにクラウドベースのAutodesk BIM 360が活用され、現場の全業者が単一のマスターモデルを共有するためにProcore BIMが導入されました。また、進捗管理と竣工時の記録のために、360度写真とフロアプランを連携させるStructionsiteが用いられ、上空からの現場監視にはドローンが、そして品質管理と現況確認にはレーザースキャンが活用されました。
  • 統合プロセス: 戦略の中核は、「物理的な建物のデジタルレプリカ」を構築することでした。チームは115もの異なる3Dモデルを作成し、それらを統合・調整しました。特に、256,618個ものモデル要素を対象に徹底的な干渉チェック(クラッシュディテクション)を実施しました。このデジタルモデルが、計画における唯一の信頼できる情報源(Single Source of Truth)となり、真のリーンコンストラクションを実現する基盤となりました。

成果 (What)

VDC導入の結果は、定量的にも定性的にも目覚ましいものでした。

  • 定量的成果: 最も注目すべきは、3,625件もの施工上の問題が、現場作業が開始される前に特定・解決されたことです。この徹底した事前検討により、プロジェクトで使用される資材の90%を工場で事前製作(プレファブリケーション)することが可能となり、これは極めて効率的なリーンプロセスが実現した証左です。
  • 定性的成果: 手戻りやRFIが大幅に削減されただけでなく、このプロセスはクライアントとの関係性を根本から変えました。Rite-Hite社のオーナーシップには、「デスクトップやモバイルデバイスから、進行中のコーディネーションモデルへ無制限にアクセスする」権限が与えられました。これにより、彼らは単なる承認者ではなく、「コーディネーションプロセスにおける能動的な貢献者」となったのです。この透明性の高いプロセスは、関係者間の信頼を深め、最終的な成果物がオーナーのビジョンと完全に一致することを保証しました。

この事例は、VDCがクライアントとの関係を、定期的な報告を受ける受動的なものから、継続的にプロジェクトの創造に関与する能動的なパートナーシップへと昇華させる力を持つことを示しています。従来、クライアントは特定の節目で静的な図面を確認するだけでした。しかしこのプロジェクトでは、クライアントがいつでもバーチャル空間で建物を「歩き回り」、リアルタイムで意見を述べることができました。この継続的なフィードバックループは、プロジェクトのリスクを劇的に低減させます。施工者は高コストな後期変更を回避でき、クライアントは完成物が期待と異なるという失望を避けることができるのです。

さらに重要なのは、VDCによって生成されたデータの価値が、プロジェクト完了後も失われない点です。竣工時には、「竣工時モデル(as-built model)」と「施工時360度写真」が成果物としてクライアントに引き渡されました。これにより、施設の管理者は、壁や天井裏に隠れた「全ての配管、電線管、ダクトの位置を正確に特定」できます。これは、建物の維持管理や将来の改修において計り知れない価値を持つ、長期的な資産となります。VDCへの投資は、単なるプロジェクトコストではなく、建物のデータ資産に対する長期的な資本投資へとその性質を変えるのです。

事例研究2:ペルーの病院建設 – 労働生産性と工程短縮の劇的な改善

本事例は、厳格な指標管理に基づいたVDCメソドロジーの適用が、いかにして複雑なプロジェクトにおける工程と労働生産性を劇的に、かつ定量的に改善できるかを示しています。

関係者 (Who)

このプロジェクトは、建設会社のCosapi社とクライアントのCosta del Sol S.A.社を含むコンソーシアムによって実施されました。その成果はペルーの大学研究者らによって分析・報告されており、VDCの導入と効果測定が形式的かつ学術的なアプローチで行われたことがうかがえます 1

課題 (Why)

プロジェクトの目標は、建設業界が慢性的に抱える「コスト増加、工期遅延、そして顧客の不満」という課題に正面から取り組むことでした。特に、設備の輻輳度が高い病院建設は、VDCによる管理と予測可能性の向上の効果を試す上で理想的な対象でした。

VDCソリューション (How)

この事例が特徴的なのは、特定のソフトウェア名よりも、VDCを「生産管理システム」として活用する「メソドロジー」そのものに重点が置かれている点です。VDCの導入効果は、現場での実地観察、文書分析、そして非構造化インタビューを組み合わせた手法により、具体的な指標(メトリクス)を通じて監視されました 1。このアプローチは、スタンフォード大学が提唱するVDCフレームワークの思想、すなわち測定可能な「生産目標」を定義し、それを達成するために「制御可能な要因」(この場合はVDCプロセス)を駆使するという考え方を忠実に反映しています。

成果 (What)

指標に基づいたアプローチの結果、その成果は驚くほど具体的に報告されており、データドリブンな管理の力を明確に示しています。

  • 定量的成果:
  • 工程短縮:タワークレーンの解体にかかる時間が22%短縮され、躯体工事の建設期間は24%短縮されました 1
  • 労働生産性: 型枠、鉄筋、コンクリート工事の項目において、25,000人時(マンアワー)もの労働時間が削減されました 1
  • 安全性: プロジェクトの安全目標であった無事故・無災害を達成しました 1

この事例から得られる重要な示唆は、VDCが単なる着工前の設計調整ツールに留まらないということです。むしろ、VDCは強力な「生産管理ツール」として機能し、特定の建設活動を精密に制御・最適化することを可能にします。一般的に、VDCの主な利点は設計段階での干渉チェックにあると見なされがちです。しかし、この病院プロジェクトで報告された成果は、「躯体工事の建設期間」や「型枠、鉄筋、コンクリート工事における人時」といった、極めて具体的な生産指標です。これは、プロジェクトチームが労働集約的でクリティカルな作業を特定し、明確なパフォーマンス目標を設定した上で、VDCモデルを用いたシミュレーションや4D工程計画(3Dモデル+時間軸)を駆使して、無駄を排除しワークフローを最適化したことを意味します。これは、設計から現場での施工管理までを一貫してつなぎ、プロジェクトの実行をクライアントの目標達成に直結させる、成熟したVDCの活用法を示しています。

加えて、VDC固有の高度な可視化と計画能力が、現場の安全性向上に直接貢献することも見逃せません。VDCの利点として「潜在的な安全上の問題を発生前に可視化する」能力が挙げられていますが、このペルーの事例では「無事故」という安全目標が見事に達成されました。この二つの事実を結びつける論理的なつながりは明確です。クレーンの揚重計画や複雑な型枠の組立手順などをVDCモデル上でシミュレーションし、事前にリハーサルを行うことで、チームは潜在的な危険をプロアクティブに特定し、より安全な作業手順を設計することができたのです。これにより、安全管理は、規則を守るだけの事後対応的な活動から、設計段階に組み込まれた予防的な活動へと進化します。複雑な作業を物理的に実行する前に仮想空間で予行演習できる能力は、リスク管理のあり方を根本から変える可能性を秘めています。

事例研究4:Duna Aszfalt社 道路83号線プロジェクト(ハンガリー)- 土木インフラにおける生産性の変革

この事例研究は、VDC/BIMが土木インフラ分野でいかに成功裏に適用され、特にCDE(共通データ環境)と「オフィスから現場へ」のデジタルワークフローが、指数関数的な生産性向上を達成する上で決定的な役割を果たしたかを明らかにします。

関係者 (Who)

元請は、ハンガリー最大級の建設会社であるDuna Aszfalt Zrt.社です。主要なクライアントはハンガリー政府の国道管理局であり、主要なテクノロジーパートナーはTrimble社でした。

課題 (Why)

Duna Aszfalt社が直面していた根本的な課題は、従来型のワークフローの非効率性でした。「通常の状況」では、まず「大量の図面」を受け取り、それを基に測量士が手作業でデジタルモデルを作成するというプロセスを踏んでいました。この方法は、エラーやデータの不整合が発生しやすく、大きな非効率の原因となっていました。同社は、このプロセスを近代化し、大規模プロジェクトにおける効率を高め、自社をテクノロジーリーダーとして位置づけることを目指しました。

VDCソリューション (How)

解決策として採用されたのは、Trimble社のテクノロジーエコシステムを中心とした、完全に統合されたモデルベースのプロセスでした。

  • テクノロジースタック: システムの心臓部となったのは、Trimble Quadriです。これはCDE(共通データ環境)として機能し、全てのプロジェクトデータの唯一信頼できる情報源(Single Source of Truth)を構築しました。詳細な道路設計には、上下水道や道路標示の設計も可能なTrimble Novapointが使用されました。Quadriの特筆すべき点はそのオープン性であり、RevitCivil 3Dといった他のソフトウェアからの設計データを、ファイル変換の手間なく直接統合することができました。
  • 統合プロセス: 彼らは、シームレスな「オフィス-現場-オフィス」のBIMワークフローを確立しました。Quadri上の中心的なモデルから得られる設計データを用いて、現場の建設機械を制御するためのマシンコントロールデータが直接生成されました。これにより、設計者のスクリーンから掘削機や舗装機械のブレードまで、途切れることのないデジタルな情報伝達経路が構築されたのです。

成果 (What)

  • 定量的成果: その結果は、生産性の革命的な飛躍でした。掘削および道路建設作業が、従来工法と比較して4倍の速さで完了したのです。
  • 定性的成果: CDEの導入により、設計者、測量士、現場監督といった全てのプロジェクト関係者が、常に同じ最新のモデルデータに即座にアクセスできるようになりました。これによりデータのサイロ化が解消され、一貫性と品質が保証された完全な管理体制が実現しました。また、同社は「道路83号線」プロジェクトを社内の「フラッグシップ(旗艦)」と位置づけることで、VDCの有効性を内部で証明し、組織的な変革を推進するという巧みなチェンジマネジメント戦略を成功させました。

この事例は、CDEによって提供される「唯一信頼できる情報源」が、大規模で線形なインフラプロジェクトにおける生産性の大幅な向上を可能にする、決定的な要因であることを示しています。インフラプロジェクトは地理的に広大で多くの専門分野が関わるため、データの断片化が深刻な問題となります。2D図面から手作業でモデルを作成するという旧来のワークフローは、まさにこの断片化の典型です。Trimble QuadriをCDEとして導入したことは、誰もがアクセスでき信頼できる単一の権威あるモデルを構築することで、この問題に直接対処しました。この単一の情報源は、異なるチームが異なるバージョンのデータで作業することから生じるエラー、遅延、手戻りを根絶します。そして、このデータの信頼性こそが、建設機械の自動化を実現するための前提条件となります。モデルが信頼できるからこそ、それを基にマシンコントロールシステムを直接プログラムすることができ、結果として4倍という驚異的な速度向上が達成されたのです。CDEは、この生産性の飛躍を支える土台そのものでした。

さらに、Duna Aszfalt社が採用した「フラッグシッププロジェクト」戦略は、大規模で歴史のある組織においてVDCの導入を推進するための、極めて効果的なチェンジマネジメント手法であることも明らかになりました。大規模組織はしばしば変化への抵抗を示します。トップダウンで新技術の導入を命じても、現場からは懐疑的な見方や反発が起こりがちです。しかし、Duna Aszfalt社は意図的に異なる戦略を取りました。「何かを強制して人々を怖がらせるのではなく、これが本当に機能することを示す現実の『フラッグシップ』プロジェクトを用意する」というアプローチです。「言うより見せる」この手法は、強力な社内成功事例を生み出しました。道路83号線プロジェクトの成功は、VDCの利点に関する否定しようのない証拠を提供し、他部署の関心を引きました。これにより、新しい手法を強制されていると感じるのではなく、自ら導入したいと望む「プル効果」が生まれました。これは、大規模な技術的・プロセス的変革を計画する全ての経営幹部にとって、組織心理学とリーダーシップに関する実践的な教訓となります。

比較分析と成功への共通因子

これまでに分析した3つの事例は、商業ビル、医療施設、道路インフラと、それぞれ異なる分野に属しますが、その成功の裏には共通する普遍的な原則が存在します。以下の比較表は、各事例の要点を一覧にしたものです。

表1: VDC導入事例 比較サマリー

項目事例1: Rite-Hite本社 (米国)事例2: ペルーの病院事例3: Duna Aszfalt道路 (ハンガリー)
プロジェクト種別商業ビル医療施設道路インフラ
主要関係者C.D. Smith (施工者), Rite-Hite (施主)Cosapi, Costa del Sol (コンソーシアム)Duna Aszfalt (施工者), ハンガリー政府 (クライアント)
主要な課題関係者間の連携、手戻り削減工期遅延、コスト超過従来型ワークフローの非効率性
VDC手法・技術Autodesk BIM 360, Procore, 干渉チェック, プレファブVDCメソドロジー, 指標管理Trimble Quadri (CDE), Novapoint, マシンコントロール
定量的な成果3,625件の問題を事前解決, 90%プレファブ化工期22-24%短縮, 25,000人時削減掘削・建設作業が4倍高速化
定性的な成果コラボレーション強化, 施主満足度向上安全性向上, プロセス透明化単一情報源の確立, 管理品質向上

この表が示すように、プロジェクトの背景や使用された技術は多様であるにもかかわらず、VDC導入が生産性、品質、協調性において普遍的に測定可能なプラスの効果をもたらしていることは明らかです。これらの成功事例から、以下の共通因子を抽出することができます。

  1. 中央集権的な情報ハブ(Single Source of Truth)の確立: 使用されたソフトウェア(Autodesk、Trimbleなど)は異なりますが、3つの事例すべてが、唯一信頼できる情報源として機能する中央集権的な共有モデルに依存していました。これがデータの曖昧さを排除し、他のすべての利益の基盤となりました。
  2. 早期かつ深いステークホルダーの統合: 成功は、組織間のサイロを打破することにかかっていました。これは施主が能動的な共同創造者となったRite-Hite社の事例で最も顕著ですが、病院建設における専門工事業者間の調整や、道路プロジェクトにおける各専門分野の連携においても同様に不可欠でした。
  3. ツール主導ではなくプロセス主導のアプローチ: 常に焦点が当てられていたのは、目標(Rite-Hite社のプレファブリケーション、病院の生産管理、Duna Aszfalt社の建設自動化)を達成するために「ワークフロー」を変革することでした。テクノロジーはプロセスに奉仕するものであり、その逆ではありませんでした。

データに基づいた意思決定: 全てのプロジェクトが、経験則や勘に頼る旧来の方法から、分析に基づいた管理へと移行しました。ペルーの病院における指標ベースの管理がその最も明確な例ですが、Rite-Hite社の干渉チェックで得られた具体的な数値や、Duna Aszfalt社のマシンコントロールデータも、この変化を象徴しています。


まとめ:VDCは建設業界の未来を拓く鍵

多様な海外事例においては、VDCが戦略的に導入された場合、建設業界のあらゆるセクターにおいて生産性、品質、安全性、そしてステークホルダーの満足度を劇的に向上させる、実証済みの手法であることを明確に示しています。その効果は僅かな改善に留まらず、しばしば変革的です。

これらの成功事例から、VDC導入を検討する組織に向けた戦略的なロードマップを以下に提言します。

  1. 経営層のビジョンとコミットメントの確保: VDC導入はITプロジェクトではなく、事業変革です。リーダーシップが変革を主導する必要があります。Duna Aszfalt社のように、「フラッグシッププロジェクト」を設けて価値を実証し、社内の機運を醸成する戦略が有効です。
  2. 正式な実行計画の策定: 場当たり的な導入は失敗を招きます。目標、役割(VDC/BIMマネージャーなど)、プロセス、そして各プロジェクトの成果物を定義した、明確なBIM/VDC実行計画が不可欠です。
  3. 人材とパートナーシップへの投資: 成功には新たなスキルが求められます。包括的なトレーニングと継続的なサポートを提供することが重要です。また、R&H Construction社がAutodeskパートナーと協力したように、専門コンサルタントと提携することで、独力で「最先端の苦労」を背負うことを避け、導入を加速させることができます。
  4. 中央集権モデルを核としたプロセスの再設計: 目指すべきは、唯一信頼できる情報源の確立です。全てのステークホルダーがこの中央モデルに情報を集約し、またそこから情報を引き出して作業するよう、ワークフローを再設計します。VDCをリーンコンストラクションの原則と統合することで、無駄の削減効果を最大化できます。
  5. 拡張性とオープン性のある技術エコシステムの選択: CDE(共通データ環境)をサポートし、オフィスから現場へのデータフローを円滑にし、必要に応じて様々なツールと連携できるオープンなテクノロジーを選択することが重要です。

最後に、VDCへの投資は、単なる間接費ではなく、「パフォーマンス保証(performance assurance)」への戦略的投資として捉え直すべきです。それはリスクを軽減し、予測可能性を高め、そして最終的には、初期コストをはるかに上回る優れたプロジェクト成果と長期的な資産価値を提供する、極めて強力な手段なのです。

BIM/CIMの活用で得られた経験とデータを、VDCという大きなフレームワークの中で戦略的に活用していくこと。それこそが、これからの建設業界に求められる変革であり、未来を拓く鍵となるのです。

引用文献

  1. Implementation of VDC in the Construction Stage of a Hospital: a Case Study – IGLC.net, 7月 3, 2025にアクセス、 https://iglc.net/papers/Details/2428

投稿者 高橋りえん

“「BIM/CIMの先へ」プロジェクトを成功に導く『VDC』とは?目的とメリットを徹底解説” に1件のフィードバックがあります
  1. わかりやすく解説いただきありがとうございます。今までBIMを3Dにする必要性について悩んでいたが、拝見したところで自分の中では解決したような気がします。

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